M-Times 2025.1

天国への階段

 総務の石田です。10月のある朝、爆音の耳鳴りと共に、左耳がほとんど聞こえなくなりました。実は二度目です。8年前にほぼ同じ症状で「突発性難聴」と診断され、その時のお医者さんに言われた「突発性難聴って生涯に一回だから。次、起きたらメニエール病確定ね。」という言葉を、飛び込んだ京都の耳鼻科で再び聞くことに。メニエールかぁ…。なんかよく聞く更年期障害的なやつ…。ぼんやり服薬治療を続けて1週間。効果が無いことを告げると「紹介状書くので入院ね。」というわけで、京都第一赤十字病院での8日間の点滴治療が決定しました。
 初めての入院生活は、仕事用PC入りの大荷物を引っ提げ、おっかなびっくり始まりました。入口でまごついていると、颯爽と現れた案内係に促され、ベルトコンベアに乗ったかのような流れ作業で受付→診察→支援センターと順繰りに回らされ、あれよあれよと言う間に大部屋の一角に着。
 コミュ障の私には気が重かった大部屋ですが、終日カーテンで仕切られており、ほぼ個室と変わらないようで安堵しました。隣の患者のイビキがうるせぇ(イヤホンでしのいだ)のと、看護師さんが突然カーテンを開けて容体を訊いてくること以外は…。また、当たり前なのでしょうが、一切外出禁止というのも、「いまや自由の身ならず」という拘束されちゃった感が、なんだか怖いようなドキドキするような新鮮な体験でした。
 さて、主たる目的の点滴治療は、朝・晩一日2回。点滴の針って初回だけ刺したら、あとは差しっぱなしなんですね。カートリッジのようなとこを毎回付け替えるだけ。なんだか腕の一部だけサイボーグ化したみたいでワクワク。コブラ感。(©寺沢武一)さらに意外で嬉しい驚きは、三度の食事が、見た目はともかく大変美味だったこと。
 度々の血圧測定・検温、服薬・点滴、そして三食上げ膳据え膳。全てを管理されて、時間通りにこなしてゆきます。この8日間、完全に“世話をされる”存在でありました。“女房役”なんて昭和の言葉は、今ならコンプライアンス違反でしょうが、実際令和の私は、我が家においては夫と猫と犬の世話をする日々ですし、職場においては、総務という雑用係として、事務所内のフォローに回る立場であります。世話をする側から、される側への逆転生活は、正直…天国でした。赤ちゃんになった気分。退院しとうない…。
 閑話。家事とは、汚れたり不足したりしたものの回復であるかと思います。掃除・洗濯とか。料理も不足した栄養を補う意味では回復でしょう。消耗品・食材の管理・購入もしかり。このようなマイナスから平常へ戻す行為は、なかなか評価を受けにくい仕事です。基本無償の上、面倒臭い割に感謝されない(文句だけは言われる)となると、ストレスですよねぇ…。
 入院生活では2日に一度、シーツ交換、ゴミ捨て、掃除をして下さるのですが、その間、私はボーっと突っ立ってるだけです。片耳が聞こえない以外は健康そのものですので、この持て余す身の置き場よ。産湯のごときぬるま湯の世界よ…。オンラインで可能な分の事務仕事をする以外は、ひたすら食っちゃ寝の至福の生活は、光陰矢の如し。着々と完治に至り、退院の日を迎えてしまいました…。ハァ…。
 もちろん、待ち遠しき日でもありました。一週間ぶりに愛猫・愛犬と会えるのですから。猫の態度は想像がつく(離れて暮らしていた時期もあるので)のですが、犬とこれだけ長い間離れたのは初めてです。ちなみにトイプードル桃太郎の性格は、躾を失敗したせいで(涙)手の施しようがないレベルのヤンチャ坊主のド甘えん坊です。これは一世一代の感動的な場面を撮影するチャンスでしょう。まさに幼心に憧れた名犬ラッシーとの再会シーン(2023.6 M-Times拙筆「どんぶらこ~と桃来たる」参照)を本当に味わえるかもしれない!?
 自動精算機の前で入院費用に気を失いかけた後、解放されたシャバは、秋も深まり凛とした冷気に満ちてました。胸をときめかせ、キャリーを引いて家路につきますと、うっかり駅の降り口を間違え、自宅へ向かうバス停と反対方向に出てしまい、引き返すか迷ったのですが、気持ちのよい晴天ですし、まぁぼちぼち歩くか~(徒歩25分程度)としたのが運の尽き。途中で股関節が死ぬ事態に。8日間の入院生活で足萎え状態だったんですね…まさに這う這うの体でなんとか自宅に辿り着き、荷物を玄関に残したまま、早速スマホを構えます。じわじわ2階への階段を上りながら撮影開始。ウメスケは予想通り「ニャ~(おかえりぃ)」と快活でしたが、ケージの中の桃太郎は、というと…吠えまくるかと思いきや、なぜか無言で狂ったようにドッタンバッタン暴れています。なに怖い。お、落ち着き給へ…。片手で扉を開けてやるなり、無言のまま(実はキュンキュンと小さな声で泣いてるのが録音されてました)怒涛の体当たり攻撃開始。最初の一撃でスマホを弾き飛ばされ、撮影は中止。抗議なのか愛なのか、全力でもって狂ったように飛びつき続ける――これがラッシーのような大型犬だったら再入院だったかもしれません。残念(笑)